常夏シンガポールより

おもしろイタリア人と国際結婚、シンガポール在住6年目のCOCOAの気持ちをつづります。

娘をもつのが怖かったわけ

男の子が欲しかったわけ

旦那は、素直に目を輝かせながら「女の子が欲しいな!」とずっと言っていた。

私はクールに「別にはじめてだからどっちでもいいけどさ、できれば男の子がいい。」と言っていた。でも、心では「絶対男、絶対男!」と思っていた。

なんで男の子がほしいと思っていたか

なんで男の子にそんなに執着していたのか。

  • 異性だから何してもかわいい
  • 小さい彼氏みたいでかわいい
  • やっぱり男が好き
  • 僕がママを守ってあげるね、的なことを言われたい

色々あげてみても 抽象的だけど、なんとなく私は男のほうがかわいがれるし、男の子しか考えられなかったのだ。

自分の父親に、「私は男の子がほしいんだよねー。」と言ったら、「え?そうなの?ママと仲いいし、女の子がいいのかと思ってたー。」と言われた。それもそうだよね、と思いながら、私はそれでも男の子に執着していた。

はじめての子供は女の子だった

私は10週のときに出生前検査をしたので、その検査結果のついでに男の子か女の子かがわかる予定だった。

結果がわかったのは12週の時。病院から赤ちゃんに障害があるか電話を受けた時、結果は全て「問題ない」で喜んだあと、「赤ちゃんは女の子だよ。」とぶっきらぼうに言われ、電話を切られた。

 

旦那はその場で飛び上がって喜び、その日から小さな女の子を見ては「うちの娘の方がかわいいよね。」とまだ見ぬ娘と比べ、小さな男の子を見ては「やっぱり男の子はうるさいねー。」と、否定した。

 

私の心境は複雑だった。私が女の子を育てていくことへ対するプレッシャーが。私は怖かったのだ。

女の子の子供をもつのが怖かったわけ

私は、小さいときから、繊細な子供だった。夜が来ると一日が終わるのが怖い、と泣き、朝がはじまると、一日が始まるのが怖い、と震えるような。

 

 大人が発するほんの些細な言葉に人1倍過激に反応して、誰にも心を開かず殻に閉じこもって絵本ばかり読んでいるような子供だった。

 

思春期になってもそれは続き、中学の時「大人はなんで嘘ばかりつくんだろう。」という自問自答を繰り返して登校拒否になったり、「先生、なぜ大人は嘘ばかりつくんですか。」とわざと教師に挑発的に質問したりした。

 

大学で無防備にアメリカに行ったはいいけど、人種差別にあったりと思い描いていた生活とは全く違うものだった。

 

もちろん、私は不幸な人生を歩んできたわけではなく、親にも愛されて何不自由ない人生だったのだ。

物事を敏感に感じ取り、勝手に問題を作り、いばらの道を私は間違いなく自分で選んできた。

 

子供が女の子だと知ったとき、私はとても怖かった。娘が、私と同じように人生をわざわざ難しく考え、悩んでつまずく人生を歩むことを。私はとても歯がゆい気持ちになるだろう。

そして娘は、同じ女として、女の私から、いい意味でも悪い意味でもフィルターなく影響をうけるだろう。言い訳も、嘘もごまかしもきかないだろう。

 

息子だったら、性別が違うんだから、すべての気持ちをわかるなんて不可能だし、男の思春期の悩みや苦しみも、わかんなくて当然だし、それを男の子も受け入れるだろう。なんというか、ごまかしがきくんではないか、という逃げの姿勢がすでにできていたのだ。

覚悟

私が38歳ではじめてできる自分の子供は、女だ。全て旦那に似てほしいと思う。そうしたら、素直で、誠実で、優しい子に育つだろう。

娘に見透かされたらどうしよう、とか、私が娘にできることはなんだろう、なんてまた難しく考えてしまうのが私だ。めんどうくさい女だけど。

 

でも、覚悟はできた。もう逃げないよ。

同じ女として、私は娘の憧れにも、目標にもならないと思うけど、今まで私が感じ、経験した38年間の全てをさらけ出すから。ためになることだけ選び抜いて、そして強くたくましくなってくれればいい。

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