最近、泳ぎたがりな娘。
私が会社から帰ってくると、すでに水着を着て待ち構えている。
正直、今日は勘弁してくれ…、と毎日心の中で泣きながら、夕暮れのプールに飛び込む。
住んでいるコンドミニアムにプールがあるので、いつでも練習できるのはありがたい。
さらに毎週日曜日は、スイミングコーチが来てくれてマンツーマンレッスン。
つい先日もコーチに「どんどん上達していますね」と褒められたばかりだった。
そんな矢先。
夜、眠る前に娘が「学校の水泳授業が嫌で嫌でたまらない。みんなみたいにできないの」としくしくと泣きだした。
聞くところによると、クラスのレベルに娘がついていけず、娘だけプールに入る階段のところで一人バタ足をしているらしい。
その間、ほかの20人ほどの5歳児たちは、飛び込みをして、ビート板なしで泳いで、なんなら水の中で逆立ちまでしているという。
5歳児で水中逆立ちって何。いや、そっちの集団のほうがおかしいだろ。と思ったけれど、もちろんそんな言葉は娘の励ましにはならない。
水に顔をつけることすら怖がっていた娘。
お風呂で顔を洗うだけで泣いていた娘。
そんな娘が、今では毎日のように「泳ぎたい」と言う。
私は娘の成長がただ嬉しくて、「すごいね」「上手になったね」と呑気に褒めていた。
でも、その裏で娘はずっと焦っていたのかもしれない。
まだ追いつけない。みんなみたいにできない。
そんな気持ちと、ずっと戦っていたのかもしれない。
とりあえず、明日の水泳授業は見学にしようか。
そう伝えると娘は「うん。見学したい。でも、ママがお仕事から帰ってきたら、また一緒に練習したい」。
娘は、水泳そのものから逃げたいわけじゃない。
ただ、一人ぼっちで感じる劣等感から、少し休ませてあげよう。
何が正解かは、わからない。なにが娘のためになるのかも。
でも、どんなに疲れていても、娘が泳ぎたい、と言うたびに一緒にプールに入ってきてよかった。
そして、たぶん明日からも。体は相変わらず悲鳴をあげるだろうし、心の中では泣き続けるけど。
娘が泳げるようになったその先にある、自由な世界を知るときは、一緒にいたい。
