常夏シンガポールより

2014年シンガポール渡星。シンガポール在住イタリア人と国際結婚。現在子育て中。

自由の国アメリカの自由の意味を知った時

シンガポールに限らず、私が今まで海外に住んで良かったと思うことの1つに「違った価値観を受け入れる」というのがある。

 

宗教観、同性愛者、菜食主義者、人種の違い、文化の違い。

 

日本で暮らしていると、知らぬ間に「あるべき価値観」にがんじがらめになってしまう。

あるべき価値観に首を絞められながら社会で笑うのが苦しいと感じる人は多分多い。

 

そして、あるべき価値観の中から出られない人も。

 

もうかれこれ20年前にアメリカ留学した時のこと。

ゲイってなんだっけ?おかまのこと?なんて私が思っている時、大学内でゲイの学生たちが同性結婚を訴え、学生たちに署名をお願いしていた。

 

アメリカで同性で結婚することに署名をお願いします!とお願いされ、宗教観念もなく、それに対して自分の意見さえなかった私は、「署名すればいいんでしょ?」と軽い気持ちで署名した。

 

その後、例えば少額でも募金した、ような人助けをした気分で、少しばかり誇らしく校内を歩いていると、次はカソリック教徒の集団に取り囲まれ、「なぜあなたは署名したのだ。」「神の教えとは何か知っているのか。」と、同性愛者反対を唱えられた。

 

 

浅はか。これが「自由」の国なんだ、とショックをうける。

10代の遊び盛りの学生たちが、自分たちの価値観を信じて行動しているのに。

 

まもなくして、パールハーバーという完璧アメリカ目線のハリウッド映画が公開されたとき。

 

映画に感化されたアメリカ人に、「パールハーバー!」と車から生卵をなげつけられたり、住んでるアパートに「国へ帰れ、ミサイルと一緒に。」という張り紙をされたり、通りすがりに「イエロー」と言われ唾を吐かれたりした。

 

たとえ過去の戦争映画に感化され、日本人は悪だ、と急に再認識した一部のアメリカ人の行動が浅はかだとしても、私は日本人だという事実で、自分の人種が攻撃対象になるということを、産まれてから20年ほど知らずに生きた。

 

日本という安全な国で、単一民族の中で、いかに今までぬるま湯で生きてきたかを思い知る。

 

言葉なんて通じなくたって心で通じる、と本気で思い込み、「外人」はフレンドリーだというようなことだけを信じてた自分に落胆した。

 

発言力がない、とか文句をいいながら、学校の規則で同じ人種の仲間たちとたわむれてるのがなんと楽だったことか。

 

あれから20年ほどの時が過ぎ、ちょっとやそっとのことでは動じない図太さは身に着いたし、違った価値観を受け入れながら、自分の価値観を年と共に築いてこれた。

 

それに伴い、「あるべき価値観」にとらわれてしまう日本での暮らしをどんどん窮屈に思うようになったけど。

 

アメリカのコロナ禍で、アメリカに暮らすアジア人の友人たちが「コロナよりも差別が怖い」と言うことで昔を思い出してだらだらと書いた、まとまらない独り言。

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