常夏シンガポールより

2014年シンガポール渡星。シンガポール在住イタリア人と国際結婚。現在子育て中。

そして母になる

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2020年7月17日午後1時5分、私は母になった。トツキトオカの、長いようで本当に長かった初めての妊娠期間を経て。

 

「産む」までがゴールだった妊娠生活。最大の恐怖は「帝王切開」。手術の痛み度合いを繰り返し検索する日々がやっと終わり、寝返りをうつことが苦しい日々、夜中何度もトイレに起きる日々、食べても食べてもお腹が空く過食生活が、やっと終わった。

 

わが子の産声を手術台の上で聞いた瞬間、38年間悩んだり、傷ついたり、笑ったり、学んだりしながら、それなりに経験を積み、自分が築き上げてきた信念や価値観は、音を立てて崩れ、新たな人生が幕を開けた。

 

妊娠した当初、飲み友達には、「赤ちゃん言葉使いながら赤ちゃんあやすような母親にはなりたくないわ。」といった。

「子供がいても仕事は続けたいの。」と、キャリアウーマンアピールしたり、「子供ができた途端、ママ友とつるむのなんてありえない。」と自立した女を気取ったりもした。

薄っぺらなプライドを掲げ、他の女とは違うと、見栄を張り生きてきた日々。

 

今、限りなく頼りない自分が、不安で押しつぶされそうになりがら、手の中の小さな我が子に翻弄される。

おっぱいを吐き出したと慌てながら涙し、寝すぎではないかと心配し、なぜ寝ないのだろう、と心配する。くしゃみ一つで風邪をひいたと騒ぎ立て、寝汗をかけば熱中症になったのだろうか、と騒ぎ立てている。

 

もっとスマートにこなせると思ってたのに。「高齢出産とか世間では言われるけど、他の人より経験を積んだ分、何事にも動じない母親になれるはず。」とか思ってたバカは誰だっけ。

 

昨日までの私は過去の私の積み重ねだったけど、今日からの私は昨日までの私ではない。昨日まで歩んできた道は崩れ、向こう岸から、38年分ぶくぶくと太った私が「バイバイ」と手を振っている。

 

母親になるってことは、もっと優しく甘い感情を持つことだと思ってたけど。

母親になるってことは、泥臭く生きていくことだと知った。

見栄もプライドも全て捨て、髪を振り乱しながら、手の中で必死に生きようとする我が子を生かさなければ、というサバイバルゲームに挑むような。

 

そうして母になった私は、おもいっきり赤ちゃん言葉で我が子をあやし、先輩ママたちを頼りながら、子供中心の人生を歩むのだ。