長谷川あかりさんのレシピが好きだ。
数年前に彼女のレシピを知ってから、新しいレシピがXに載るたびに、作って食べて、感激している。
人生40年も生きていると、どこで何を食べても、だいたい味の予想がつく。
私は料理が好きだし、自分で作る料理の味も好きだと思うけど、なにを作っても「おいしい自作料理」が完成するだけだ。
無数にいる料理研究家が、隠し味に「カレー粉」をと言ったところで、味の予想はついてしまう。
でも、長谷川あかりさんは、レシピの材料を見てまず「まじで??」となる。
次に調味料の少なさに唖然とし、調理過程の少なさに再度驚く。
そして最後、今まで食べたことのない味に、感銘を受けるまでがセットで楽しい。
塩だけで唐揚げを作ってみたり、ゆで卵を醤油だけに漬けてみたり。
いままで何も考えずに、だしパックや酒やみりんを使っていた自分って、なんだったんだろう、と思うほどに。
梅干しをだしにしてミネストローネを作ります、とか。
パン粉を使わずにハンバーグを作ります、とか。
料理をするようになってから身についた「当たり前」の固定観念が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
今回作ってみた、白いだしラタトゥイユもすごかった。
ゴーヤとツナ、皮を剥いたなすびと玉ねぎと厚揚げ、鰹節でラタトゥイユを作ります、と言っている時点でかなりふざけている。
調味料は塩のみ、というのもバカげてる。
Xのコメントを見ても、「信じられないけどおいしかった」というコメントが多々あるので、「たぶんおいしいんだろうな。」と思いながらも、彼女のレシピにはいつも不安が付きまとう。

あかりさんのレシピを作る人々の間で、「信じてるからな、あかり。」という言葉が生まれたように、作り手はみんな不安なのだ。
シンガポールに10年以上住んで、こっちでゴーヤを買ってみようと思ったことすらなかったけど、今回は謎のラタトゥイユを作るために、少し見かけは違うがゴーヤを購入。
厚揚げもローカルスーパーに売っていなかったので、豆干という水分の少ない豆腐で代用した。こちらも初めて買った。
この材料をさ、順番に炒めるわけでもなく、すべて鍋に投入し、煮て終わり、というのも不安要素。
かくして白いだしラタトゥイユは15分ほどでできあがり、少し食べて、心の中で泣いた。
おいしい。
なにこれ、今まで食べたことのない味。
でも、好きで好きで大好きな味。
胃もたれもせず、永遠に食べられてしまう。
長谷川あかりさんのレシピの良さは、料理を作ってきた人ほどよくわかると思う。
洗い物の少なさや、調味料の少なさ、手軽な材料、簡単な調理過程。
それで生まれる絶品家庭料理。
いままでは、子供がよく食べてくれそうなもの、旦那も好きそうなものを中心に献立を考えていたので、自分が何を食べたいかなんて、あまり考えなかった。
翌日ひとりのときは、子供のあまりものを食べていたような私が、いまでは、自分が食べる料理のためだけにゴーヤを買いにでかけてるなんて。
あかりさんのレシピを作るときのようなワクワク感や、知らない味に出会うときの不思議で幸せな感覚を、これからも大切にていきたいな。
