今月で、ヘルパーを雇ってからちょうど2年の時がたつ。
フィリピンから直接雇用したヘルパーさん自身は、物静かで気も効くし、今も信頼している。
ただ、あの頃3歳を過ぎたばかりの娘が、家族の中に急に移り住む人物を拒絶した。自分のテリトリーを脅かす、未知の人物への、異常なまでの拒絶。
私は疲労困憊した。
正直、娘がこれほどまでに拒否するとは思わなかった。適応能力がある子供たちは、たくさん遊んでくれるお姉さんができた、くらいに思い、ヘルパーを受け入れてくもんなんじゃないのか。
娘と2人でずっといたときのほうが、平和だったんじゃねーの、’というくらいには生活はとてつもなく乱れたあの頃を超えて。
2年分成長した娘と、ヘルパーは仲良しになった。娘はヘルパーのことをお姉さんと呼ぶ。
仕事人間の旦那は好きな時に出張に行けるようになったし、私も仕事をはじめた。
もはや、ヘルパーなしで生活はまわらぬ家族の形になったけど。
子育ての一部を外部に頼る、ということは、母親としてのこだわりをどれだけ捨てれるかかもれしれない。
ヘルパーを雇って、彼女に料理をしてもらうようになって、子供に季節のものを食べてもらいましょう、なんていう「食育」という概念は捨てた。
掃除洗濯に対する自分ルールも捨て、全てまかせると、いつも整ったきれいな家で、ご飯がでてきて片付けてもらえる。自分が出かけるときは子供を見ててもらえるし、シーツだってかえてもらえる。買い物だって行ってくれるし、デリバリーや修理が来るときは自分が家にいる必要はない。
わたしは、そんな恵まれた環境の中で、子供と一緒に遊べる時間が増えたし、余裕ができたことでご機嫌でいられる時間が増えた。母親の精神の安定は、必ず子供に安定を与えるから。
だから、結局何を言いたいかって言うと、ヘルパーが来てからはじめは大変だっけど、もういないときには戻れないって話。
自分がご機嫌でいることを最優先に生きてる、っていうクズよりの話なんです。
