小学生の頃、縄跳びが得意だった。学校行事の縄跳び大会では、一位にはなれなくても、かなり最後のほうまで跳び続けた。
先日、娘がお友達から縄跳びをもらって喜んでいたのはいいが、もちろん跳べない。ママできる?と聞かれ、できるかなあといいつつ縄跳びを跳んだら、できた。
あれから30年以上の時が流れ、縄跳びなんかただの一度も触ったことはなかったのに、体は覚えていたのだ。
小学校の体育館を思い出す。全校生徒数百人が体育館に並べられ、よーいドンで縄跳びを跳び始める。
つまづいたら座っていく。座っていく生徒が多くなってくのに、自分はまだ跳び続けてることへ抱いた優越の感情さえ。
「二十跳びはできるのか」と横で旦那が、できないだろうが、という顔で聞いてきた。
よくぞ聞いてくれました。私はなにもいわずに、二十跳びを披露。
「手をクロスしながら跳ぶ、ばってん跳びはできるのか」、と旦那がさらに難易度をあげてきたので、そちらも披露。
旦那と娘と私しかいない家の中が、歓喜で包まれる。
目をまんまるくしながら、こちらを見てくる4歳児。「ママ、すごい。。」
そして先日、公園で遊んでいると鉄棒があったので、縄跳びで調子にのっていた私は、さっと逆上がりをしてみせた。
そうすると、公園で遊んでいたほかの小学生たちがわっと集まってきて、ワーオと人だかりができた。
私は子供たちにかこまれながら、逆上がりを何度もせがまれる。
逆上がりができないのが、クラスで私だけで、親と一緒に近くの公園で練習した日々がよみがえる。
うまくコツがつかめなくて、足がびよんとのびてみっともない恰好になる中で、父と母が根気強く一緒にいてくれたこと。夕暮れの空気感。
逆上がりだって、30年ぶりにやったんだよ。それこそ体はめきめきと音をたてて崩れそうだったけど、コツはちゃんと覚えてた。
体がふわりと宙に浮き、一瞬地球を回って同じ景色が目に入る、この感覚を。
だから、経験は死なないんだ。いつかどこかで役に立つ。
縄跳びも逆上がりも、できたからって、なんの特にもならないかもしれないけど、時を超えてその時にがんばったことや、くやしいと思った気持ちは必ず役に立つ。
これから娘が経験を積みあげていく過程で、自信を積み上げていってほしい。
数日後、ローラーブレードに乗った子供がでてくるYOUTUBEをみながら娘が「ママ、これはできる?」と聞いてきた。さすがにこれはできないよね?って感じの挑戦的な顔で。
ついにこの時がきてしまいましたか。
スキー部の夏の特訓で、ローラーブレードをはいてストックをつきながら、坂道を滑らされた、あの地獄の合宿が日の目を浴びるこの日が。
何度も坂から転げ落ちたあの日々を思い出しながら、
「できるよ」
クールに言いながら、さっそく、ローラーブレードが売ってる店を検索した。