常夏シンガポールより

2014年シンガポール渡星。シンガポール在住イタリア人と国際結婚。現在子育て中。

シンガポールで14日間のホテル隔離体験~最終日に振り返ってみて

「シンガポールでホテル隔離体験」最終日夜となった。今日の朝、謎に午前4時に起きて元気だった娘がぐっすりと寝た今、私はビールを1缶飲みながら、お得意の感傷にふけっている。

 

この14日間は、普通に長かった。

 

ただ、何気に恐れていた鼻ぐりのPCR検査は、日本でうけたのよりも痛くなかったし、政府のオフィサーからくる電話も思っていたより楽勝だった。

 

私の予測では、もっとひっきりなしに1日3回とか5回とか電話をかけてきて、それプラスで、急にホテルの部屋を訪ねてきたり、ビデオ電話をしてきたりするのかと思っていた。しかも電話に出ないと何かとんでもなく怖いことが起きるのではないか、という恐怖感があったけど。

 

実際は、隔離3日目くらいから1日1回ペースで、多い時で最高2回の電話、その他ビデオ電話を強要されたり、誰かが部屋を訪れてくる、ということもなかった。

2度ほど電話に出れない時があったが、後でかけ直しても「Thank you for calling me back.」と、対応が丁寧で、拍子抜けしたほど。

 

そして、PCR検査の陰性結果が出た日に政府のオフィサーからきた電話で、「Thank you for your corporation.(ご協力ありがとう)」と言われたとき、ああ、シンガポール政府が罪なきものを2週間も閉じ込めるその理由は、「コロナウィルスを国内に侵入させない」というたった1つの目的のためなんだよな、と改めて思った。

 

そして、この国の厳しい政策があるからこそ、封じ込めが成功していて、2週間隔離はもちろんつらいけど、隔離が終了さえしたら、「コロナフリー」の街に出れるのだ。

たった2週間我慢するだけで、未知なるウィルスに怯えずに街を歩けるのだ、という事実を改めて想う。

 

もしも家族が待つ国がアメリカだったら、旦那の故郷のイタリアだったらどうだろう。旦那のおばあちゃんも、親戚も、知り合いも、身近な人たちが重症にはなっていないけど感染しているのだ。

 

産まれたばかりの赤ちゃんと一緒に、私は、それでも家族で一緒にいたい、と飛び込む決断ができただろうか。旦那は、ただ娘に会いたい、という理由だけで、私たちを呼び寄せただろうか。

 

今までは、「日本からシンガポールに入国して、ホテルに14日間監禁」ということのみを考えて、不安で、恐怖だったけど。シンガポールに入国して、隔離生活が終わりを迎えようとしている今、日本の感染者がどれだけ増えようとも、GOTOトラベルがどうのこうのという政治の茶番を聞いても、怒りの感情さえ起きない薄情な自分がいる。

 

どうせ明日から私は「常夏でマスクずっとしなきゃいけないなんて、暑くて蒸れるし」と、「5人以下でしか集まれないなんて厳しすぎない?」と文句を言うんだろうけど。封じ込めが成功している国で、厳しい掟を守って暮らしていくことに辟易さえするんだろうけど。

 

結局は単純に、明日が待ち遠しいってだけ。家族でクリスマスを、新しい年を迎えられるのが、心から嬉しいんだ。

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