
断捨離。これから1か月は、断捨離。
小規模家族には大きすぎる一軒家に住んで2年。
下手にスペースがある家にすんで、子供用テントは5つまで増えた。ジャングルジムを置き、ぬいぐるみが増え、おもちゃが増えた。
居心地のいい空間をとかいい、座椅子やらビーズクッションやらをリビングに買い足した。
キッチンには、ミートカッター、エアフライヤー、エスプレッソマシーン、スチーマー、ジューサーなんかを買い足し、ミートカッターにおいては1度しか使っていない。
それでだ。
1か月後には、コンドミニアムに引っ越しをする。
シンガポールに来てから5度目の引っ越し。
引っ越しには慣れ、さすらい人のように生きてきた私は、物を躊躇なく捨てれる人だったのに、こんなにも物が増えた家の中で、私は放心する。
子供のものが、捨てれない。
よく着ていた服、ファーストシューズ。赤ちゃん用のマグカップやエプロン。哺乳瓶だって何個もある。
抱っこ紐にだって思い出がある。
しみだらけのブランケットだって、使わなくなった椅子だって、捨てようとするだけで、胸がきゅーんとなる。
思い出に浸ってる時間はないんだけどね。
先日実家に帰ったとき、香水の空箱があったので捨てようとしたら、母が「捨てないで!息子が買ってくれた香水の箱なの。」と。20年以上空箱を思い出として大切にした。
そして私に、「これ、あなたとあなたの弟がずっと使ってたハンカチと、あなたが小さいころに着ていた服」と大量のハンカチと、服をくれた。
その時は、昔自分が使っていたハンカチを懐かしみながら、昔写真で見た子供の頃の服を娘が着てくれることに感極まって、シンガポールに持ってきたけど。
結局こういうのって、使わないよね。
わたしの名前がサインペンで書かれたハンカチを、娘に使わせたくもないし、絵柄はいまもおなじみのハローキティだって、やっぱ40年近くたってると、どれもいろあせてる。
捨てたいのに罪悪感。ああ、なんでこんな大量のハンカチ実家から持ってきたのさ、バカバカ自分。丁寧にハンカチにアイロンかけてくれてる母の背中をみながら、うるうるさえしてたのに。
これ、母の思い出な。思い出の押し付け。
私が、娘のあれやこれやをとっておいて、未来の娘にしみじみと渡したところで、懐かしむのはほかでもない、私だ。
その時を生き、未来に進んでる娘に、「あのな、これあなたが産まれたときから使ってた星のブランケット」と薄汚れたブランケットを手渡したところで、喜びは一瞬、迷惑は永遠だろう。
よっしゃ、決めた。
捨てたるわ。
ずっしりとした重みを感じながら、あてどもなく歩きまわったときに役立った抱っこ紐。赤ちゃんの時から何百回もミルクを作った哺乳瓶。
手放すことは、忘れることじゃないんだって。
それなら、手放しましょう、譲りましょう。譲りてがなければさよならしましょう。
今を生きるあなたのために。