
ミラノオリンピックが華やかですね。
競技を細かく追っているわけではないけれど、ニュースで結果や様子をつまみながら、なんとなく楽しんでいる。
それなのに最近、やけに涙もろい。
選手の成績よりも、「そこに至るまでの道のり」に弱くなった。
そんなおばが、ここにいます。
特に、ソチオリンピックで失格となったのに、その後も世界のトップで戦い続け、4年越しに団体で銅メダルを勝ち取った高梨沙羅さんの姿。
技術の話じゃない。
どんな精神力しているのさ、あんた、と本気で思う。
私と弟のスキー漬けの冬
私と弟は、小さい頃からアルペンスキーをしていた。
冬になると、学校から帰ってすぐにスキー場へ。夜まで練習。週末は道内の大会を転々とする生活を。
私は自分の小学校では一番速い女子、くらいのレベルだった。
弟はもっと本格的で、高校はスキー推薦。スポンサーもつき、のちにオリンピックに出場するようなトップ選手と合宿をするレベルまでいった。
スポーツで上を目指すには、才能だけでは足りない。
小さい頃からの練習量、そして何より、親の物理的サポートが不可欠だ。
あの世界で生き抜こうとする子どもたちの負けん気の強さは、すさまじい。
大会で負けたら泣き、ストックで雪を叩き、それでも次は勝つと食らいつく。
そうやって、土壇場で折れない精神をつくっていくのだろう。
それでも、私たちはスポーツマンではなかった
弟も私も、いわゆる「スポーツマン気質」ではなかった。
私は中学生になってすぐにインストラクター資格を取り、選手は続けなかったし、期待されていた弟も、大会で負けても転んでも、あまり悔しそうにしなかった。
「おまえは悔しくないのか!」とコーチに怒られても、ずいぶんと客観的に見てた。
スポーツで活躍する子の中には、大会に参加するのに学校を休みがちな子もいたし、友達と遊ぶ時間も削っていた。
でもその多くは、人生のどこかで軌道修正する。
ケガで結果が出なくなったり、成績が出ることでいじめにあったり、あるいは「普通の生活がしたい」と、戦い続けることから降りる人もいる。
あの世界で残り続けることは、簡単じゃない。
何十年も同じ世界で戦うということ
それでも、何十年も同じ競技の世界に立ち続け、顔が知られる存在になり、負ける時があってもトップに戻ってくる人がいる。
あれはもう、才能や技術の話ではない。
逃げない精神。
やめない選択を、何度もすること。
私はその重みを、1ミクロほど知っているから、ニュースを見ながら泣いてしまうのだと思う。
ミラノの空の下で戦う選手たちが、その日にむけて、積み重ねてきたものと、持ち続けた執念を。
辛い練習。
雪の上で吐いたこと。
転んで崖から落ちたこと。
吹雪の中、父の車がガス欠になったこともあった。
事故ったこともある。
凍えながらリフトで食べたピザまんのあたたかさも。
そんな遠い過去の冬を、思い出しながら涙する、おばなのであります。