常夏シンガポールより

2014年シンガポール渡星。シンガポール在住イタリア人と国際結婚。現在子育て中。

沐浴が苦痛だった日々を乗り越えて

昨日、娘が産まれて退院したその日に、私が沐浴をしているビデオを見た。

 

親が手伝うと言うのを拒否し、1人でできる、とつっぱね生後7日の新生児をベビーバスに入れた。

見ているこっちがハラハラするような不器用な手つき。娘の怯える顔つき。手足をバタバタさせて怖さを表現している娘を見て、緊張がマックスになっている私。

 

母親は私の横に張り付き、まるで試験官のような厳しい顔つきで私の行動を見張り、見張るどころか口出しをし、私が口答えをする。

それをただ黙ってビデオに撮る父親。

 

赤ちゃんが退院したその日、私からにじみでてる不安とストレス、そして緊張感。サポートしてくれる親がいるにも関わらずこれだ。

 

沐浴の時間が、新生児と関わるうえで、私にとって1番のストレスだった。

 

沐浴のことを考えると明日が来なければいいとさえ思う程に。

 

この沐浴がこれから一生続くのだ、と思い涙したりした。

 

もちろん、子供が成長するにつれて、沐浴はなくなるのに、あの時はこのか弱い生き物が意思を持ち、私たちと同じ食べ物を食べ、二足歩行するようになるとはとても思えなかった。

 

沐浴鬱になりかけてる私にいち早く気づき、両親は自分たちがお風呂を担当すると申し出た。

 

2人で娘をお風呂に入れて、私はバスタオルを広げて娘が洗われるのを待ち、バスタオルで受け取り服を着せる役割。

 

母親なのに地味な役割を与えられ、「沐浴さえまともにできない母親の自分」を責めたりもしたけど、私は地味な役割をうけいれ、とてもとても気持ちが楽になった。

 

私にとっては、娘をお湯に入れる瞬間に、娘が怯えて怖がること、洗っている途中に何度もびくっとすること(モロー反射だからあたりまえなのだけど)で、自分のせいだと思い、それがとてもストレスになっていたんだと思う。

 

あの時両親がいなかったら、そのまま情緒不安定になっていったのではないかと今でも思う。

 

振り返る余裕もなく突っ走ってきたけれど、自分のお腹の中で育てた赤ちゃんを、外の世界に産み落とし、ボロボロの体で今度は自分から赤ちゃんの栄養源を絞り出し(私はミルク育児だったけど)、すべての神経を研ぎ澄ましながら、赤ちゃんとずっと24時間体制で見張る、なんて一体人生のどんな罰ゲームかよ、と思う。

 

だから子育てって、周囲のサポートあってこそ成り立つ人生ゲームだよな、と今改めて、心から思う。

 

今、1歳2か月の娘と過ごしていて、私もだいぶ肝が据わった。

先日は、夜中に泣いた我が子の様子を見に行こうとした旦那に、またすぐ寝るかもしれないからもうちょっとたってから様子みに行きな!とキッと睨み、自分はビールを飲んでられるまでには。

 

子供が夜泣きしたくらいでは全く動じず、子供のお風呂なんて自分のご飯の合間に入れれるくらいだし、軽い発熱にだってうろたえない。

 

私が子育てを通して強くなっていけると思えるのも、子育てに協力的な旦那がいて、遠くからでもサポート体制を崩さない両親たちがいるからだ。

 

そして、気の使わない家族のような友人たちが周りにいてくれるから、海外でも楽しんで子育てができるんだ。

 

沐浴が苦痛だった日々を乗り越えて、想うこと。

 

 

 

当時は、私の両親に沐浴を託した後の娘の気持ちよさそうな顔にさえ傷ついた↓

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