学校で行われる、スイミングフェスティバル。
そんな楽しそうなイベントを前に、娘はしくしく泣く。泳げないから行きたくない、と。
「水泳授業じゃないんだよ、お祭りだよ。先生も、お水で遊ぶ感じだよって言ってたから、絶対楽しいよ」そう励ます私に、娘は「絶対いつもより大変だから。絶対の絶対」と言ってまた泣いた。
「ママは行けないけど、パパが行くからね」とさらに励ます私に、親が見に来れるイベントだと知り、「え、みんなのパパとママも来るの?嫌だ、恥ずかしい!」と言ってまた泣いた。
あと少しなんだよね。ほんの少し。
ビート板を使って泳げるし、顔を水につけられるし、それだって数カ月前まではできなかった。
あとほんの少し、恐怖を紛らわせることができたら、そこに広がる世界が待っている。
スイミングフェスティバルの前日も、「泳げるようになりたい」と言って、仕事から帰ってきたばかりのパパを連れて泳ぎに行った。
帰ってきて、また号泣。「パパだと怖くて泳げない」と。
たぶん慣れてないからだよ。外が暗くなってきてるからだよ。大丈夫だよ。
できそうなのにできない、この歯がゆさを。
水泳を強みにしている学校で、水泳のために入学してくる子がいる学校で、正直娘ははるか下にいることは認めよう。
でもさ、普通の5歳児で、ビート板使って25メートル泳げるなんて本当はすごいんだから。
そんな慰めの言葉が口から出かけるけど。
みんなに追いつきたい。泳げるようになりたい。劣等感を持ちながら、それでも克服したいと頑張っている、親はその気持ちだけで感動してるのにさ、それでもやっぱり本人にとっては、できなきゃ意味がないんだよね。
そしてむかえた、スイミングフェスティバル。
娘の予想をはるかにこえた、ガチの水泳大会だった。
水深2メートルのプールに、平気で飛び込んでいく小1たち。
娘だけ、コーチに支えられながら、ビート板を使い、それでも泣かずに泳いでいた。
勇敢だった。
旦那から送られてきた動画を見ながら、私は職場で泣きそうになった。
仕事終わりに毎日プールへ行き、泣いて、怖がって、劣等感を抱えながら、それでも泳げるようになりたいと頑張る娘を見てるから。
あとほんの少し。ほんの少しだよ。
