常夏シンガポールより

2014年シンガポール渡星。シンガポール在住イタリア人と国際結婚。現在子育て中。

稽留流産①~赤ちゃんが出てきた日

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2019年2月24日金曜日。赤ちゃんの心拍が止まっていると病院で宣告された。子宮をきれいにする手術を次の月曜日にうけるらしい。産まれて初めての手術が流産の処置。

 

赤ちゃんがお腹にいる状態で過ごす週末。最後にどうすごそうか、と考える。

 

先生は、「週末お腹が痛くなったり、大量出血して赤ちゃんが出てくることがあるかもしれません。」と言っていた。

 

お腹の中の赤ちゃんと過ごせる最後の日には、シンガポール・セントーサ島の海の見えるスペインレストランに家族で行った。

 

アルコールがいいか悪いかなんてもうどうでもいい。ビールも飲んでサングリアも飲んだ。生ものだって食べた。妊娠中抑制していた食べ物飲み物、解禁だ。

 

辛いけど、幸せな、不思議な気持ちは、たぶんアルコールのせいだ。笑っても涙があふれてくるのもアルコールのせい。

旦那は海に向かって、「ベボ(赤ちゃんの胎児名)、君の準備ができたらいつでもおいで。待ってるから。」と言った。

 

 

そろそろ帰ろうか、となって、旦那がタクシーを呼んでいる時、急にお腹に違和感を感じ、私はトイレに駆け込んだ。急に生理2日目が来たような鈍痛。

トイレに入ってパンツを下した瞬間、血が滝のように流れ出てきた。鮮血。血の塊も何個も出てきた。

私はプチパニックになりながらも、大量の血を前に、「ああ、本当にだめだったんだ。」と受け入れることができた。

次々に出てくる血の塊が、赤ちゃんだったらどうしよう、と便器に手をつっこみなんども確かめた。スペイン料理店の薄暗いトイレの中で、血の塊を開いて赤ちゃんを探そうと躍起になっている私の絵は、カオスだ。直径2㎝と言われた赤ちゃんを何とか探し出したかったけど、結局どれだかわからなくてトイレを出た。

 

血だらけの手でトイレの個室から出てきた私、誰も待っていなくてよかったわ。

 

家に帰ってきてからも出血がひどく、何度も何度も血の塊が出てきた。少し吐き気がしたけど、お腹は全く痛くなかった。

 

赤ちゃんはもう私の体の中にいない、その確かな現実に気持ちが追い付かなかった。妊娠がわかって飛び跳ねて喜んだ日、赤ちゃんがいる未来を想像して笑った日々、そして今それがもうない。

 

次の日病院でエコーをとったら、やっぱり赤ちゃんはいなくて、からっぽな子宮のエコーを見てまた泣けたけど。

 

出てきた赤ちゃんには会えなかったけど、病院の手術で出されるよりも、昨日景色のきれいなあの場所で出てきたほうがよかったと思おう。

 

近い未来にまた行こう。3人でまた行こう。

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