COCOA'S BLOG

常夏シンガポールより発信中

しつけと無礼の狭間で

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先日、私がTwitterに何気なく投稿した日常が、軽くバズった。

 

いままでからんだことのない、人生でからむことのないであろう奴らの目にさえ私の投稿が伝わり、そして批判されもした。

 

「親のしつけがなってない!」と。

 

でた、しつけ。

 

子供が急にカフェ内をちょろつき、見知らぬ方に、あなたは男か女かと尋ねたのだ。

そのやりとりを横で見守り、娘に怒りもせず、相手に謝りもせず、しまいには娘が多様性を知りました、よかったね、なんて言ってるバカな母親が私だ。

 

ただこの植えつけられた、しつけに対する価値観と、考え方は、どんな社会で子育てをしているかによると思う。

 

もしこれが日本だったら。

 

娘が不思議そうに見た女性は、娘に対して笑顔を返しただろうか。娘がした質問に対し、カフェにいたほかの客たちは、笑ったり、かわいいね、と言っただろうか。

 

もしこれが日本だったら。

 

非常識な子供としつけのできてない親、という無言の空気がそこで流れてたはずだ。

 

そんな空気感の中で私は、すみませんとあやまったのではないだろうか。空気を読もうとして。

 

周りを気にして、形だけでも子供に「そんなこと言っちゃだめよ」といったかもしれない。

 

そして、そのような社会の中で成長する娘は、いずれ空気をよむようになるだろう。ほかの日本人の大人のように。

 

あの空間では、子供が無邪気に思ったことを質問し、それに対して大人が答える。そしてそれを見守るほかの大人たちの、温かいコミュニティがあったのだ。

 

私はその中で、すみません、なんて謝ることが、この方に対して失礼だ、という空気をよんだ。

 

そして今回、私の言いたいことを言ってくれたコメントがあって、とてもしっくりきた。

 

社会全体がこの娘さんとお相手の方の様に動くべきだよね。タブーなんか作るべきじゃないし、言いたいことは言えるべきで、悪意がないなら問題視すべきじゃないし、それこそが多様性でしょ。

 

この方の意見は、日本の社会では、悪意がなければ何をいってもいいのか、言われた人が傷つく可能性を考えないのか、と食いつかれてしまうであろう。

 

これは日本の、空気を読みましょう文化のせいだ。それがあるゆえに、空気を読んだ発言、行動しかしたらだめ、他人には踏み込んじゃため、そのためのしつけ!という発想になるんだろう。

 

大人の社会の常識に溶け込むために、子供をしつけていく先に、たどり着く場所はどこ?

 

娘には、空気なんて読まなくていいから、言いたいことは言えるべき大人になってほしい。

 

人と関わりながら、優しくされたり、傷つき悩みながら、そこから学べる価値の大切さを、知ってほしい。

 

そして、子供の純粋な気持ちをうけとめてあげられるような、あたたかい心を持った娘が、寛容な社会の中で、いつも笑っていられるように。

 

 

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