数ある種類の中から、ベビーカーを選ぶ、という果てしなき旅から始まった。
A型だのB型だの、対面式だの。
走行性がいいけれど重いとか、軽すぎると安定しないとか。
飛行機に持ち込みできるものがいいとか、地面からの熱を避けるために座面は高いほうがいいとか。
娘が産まれる前、本当に自分がこれを押す日が来るんだろうか、と思いながら組み立てたベビーカー。

実際には、娘が産まれてから6歳近くになるまで、ほぼ毎日活躍した。
悩んで選んだベージュのカバーはボロボロになり、あとからピンクのカバーを買い足したほどに使い込んだ。

日本へも何度も一緒に往復し、イタリアにも、マレーシアにも、タイにも、インドネシアにも、このベビーカーは一緒だった。






バンコクでは、タイヤが穴にはまる、なんて出来事もあった。
バンコクでベビーカーが道路のでかい穴にはまって慌ててたら、ちょうど日本人男性集団が横を通ったんだけど、私とはまったベビーカーとその中で怯える子供を見ながら、「この街でベビーカーは大変だなあ」とか言い出し「でも10年前よりは街もきれいになりましたよ」と仲間が言い、笑いながら通り過ぎた
— Cocoa@シンガポール🇸🇬 (@CocoaSingapore) 2024年11月20日
ベビーカーに乗りたがらず、抱っこをしながら押した日も何度もある。
寝ない夜、泣く赤子を乗せて、夜のシンガポールをただ歩き続けたことも。
タクシーに置き忘れて途方に暮れたこと。
荷物をかけすぎて、娘を乗せたままひっくり返したこともある。
他の子どもたちが次々とベビーカーを卒業していく中で、
娘と私は、当たり前のようにベビーカーでプレイデートに現れた。
ある日は、学校帰りに遠出をする予定でベビーカーを押して迎えに行ったら、「ちょっと、恥ずかしいことしないでよ」と娘ににらまれたり。
買い物に行くときは荷物も積めるから、「今日はベビーカーで行こう」と言っては、断られる日が増えていく。
娘をベビーカーに乗せることで、楽をしていたのは私のほうだ。
カフェラテをカップホルダーに入れて、大変だと言いながらも、優雅にカフェタイムを楽しみながら、自分の行きたい場所へ行けていた。

気づけば、ベビーカーを使う頻度は減り、娘は自転車やキックスクーターを好むようになった。
どんどん広がっていく、娘の世界。
その背中を必死に追いかける、私。
そして今日、そのベビーカーを売った。
優しそうな、きれいなママが引き取ってくれた。
その人が、娘のベビーカーを押して去っていく。
寂しい、なんて思ってはだめだ。
娘は手を振り、「わたしのストローラー。わたしのー。ばいばいー、ばいばいー。」と言った。
娘だって思い入れがあるだろう。そりゃあんなにいつも乗ってたからね。娘と一緒にベビーカーにお別れができてよかった。
ベビーカーを押しながら歩いた日々も、見てきた景色も、感じてきた数えきれない感情も、あなたが赤ちゃんから少しずつ成長してきた証。
私はきっと、ずっと忘れないから。
グッバイ、ベビーカー。

