常夏シンガポールより

2014年シンガポール渡星。シンガポール在住イタリア人と国際結婚。現在子育て中。

イタリア人旦那と日本人の私、子育て価値観の違い~イクメンの定義とは

最初娘に会った時に、思い切り人見知りをされ、ギャン泣きされ、思い切り尻込みしておどおどしていたのがたった数週間前。

 

旦那は今では見違えるほどにイクメンと化し、抜群の温度のミルクを作り、うんちのおむつを替え、離乳食を作り食べさせ、お風呂に入れて体を拭きクリームを塗る。

 

シンガポールで自営業なので、時間の融通はそれなりにきくにしても、彼の育児参加率はほぼ100パーセント。

 

一番苦戦していた「夜の寝かしつけ」も昨日とうとう成功し、これで怖いもの知らず、母親の私の存在感が日々危うくなってきた。

 

旦那には、常日頃感謝の気持ちを忘れないように、「ありがとう」と声に出して伝えるようにはしている。

昨日娘の寝かしつけを成功させたイクメン旦那に「本当の本当にいつもありがとうね。」と伝えると、旦那は切れた。

 

ありがとう、ありがとう、って、僕は君のアシスタントでも、メイドでもないんだ。僕は娘のたった1人の父親であって、母親の君ができることを僕がするのは「あたりまえ」のことでしかないんだ。と。

 

ちょっとした混乱と、感動で声がでない私に、

 

君は約1年の間、好きなお酒をがまんして、こんな大変な時期にお腹の中で娘を育て、お腹を切って産んだんだ。それは女性しかできないことだから仕方ないけど、僕はこれからどんなに娘と関わろうとも、出産にはかなわないんだ。だから僕に感謝をする必要なんてこれっぽっちもない。と。

 

私が男子学生だったら、そのまま旦那をベッドに押し倒していたであろう。それほどまでに、嬉しかった。

慣れない育児で大変な毎日で、自然とささくれていた心が途端に潤った。

 

今までデブだとか言って、軽く無能扱いしていた旦那に心の中で詫び、そしてこんなに素敵な人を生涯のパートナーとして選んだ自分の見る目の良さを称え、娘にも絶対に旦那のような人を選んでほしいと心から思った。

 

そして、ふと、こういう考えの持ち主は、「イクメン」と呼ばれることを嫌うのではないか、と思い、日本は育児をする男性をイクメンと呼ぶんだよ、イタリア人の旦那に教えてみた。

 

「イクメン」という言葉は、てっきり当時のギャルが流行らせたと思っていたら、驚いたことに、2010年に厚生労働大臣が発した言葉だった。

 

イクメンの定義とは

育児休業を取ったり、育児に積極的に参加することで、育児を通して自分も成長したいと思う男性、もしくは将来的にはそうありたいと願っている男性

 

これを旦那に教えたところ、「育児をする女性のことはなんと呼ぶんだ。イクウォーマンとでも呼ぶのか。」と聞いてきたので、「ないよ。男性だけ。」と教えると、ぎろりと私をにらみつけ「全くふざけている。」とイクメンの定義を全否定した。

 

イクメンの定義を聞いていると、まるで女性が子育てをするのが当たり前のようじゃないか、育児を通して自分も成長したい?そんな子育ては夢見がちなのか、女性はそんなことを考える余裕がないんじゃないのか、と旦那は立て続けにイクメン定義を否定し、最後には、日本は一生貧しい発展途上国だ、と日本を全否定して締めくくった。

 

確かに、男性が育児をすると、「男の人なのに育児に関わっていてすごいですね。」となる、その社会性自体が根本的に違うはずなのだ。

 

育児の主導権は母親にあるわけではなく、家族として父親と母親が、一緒に子供を育てていく、それが根本にあれば、それだけでいいはずなのに。

果たしてそんな考えは、美談にしかならないのだろうか。

 

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