常夏シンガポールより

おもしろイタリア人と国際結婚、シンガポール在住6年目のCOCOAの気持ちをつづります。

私らしくいられるための迷いと決断

焦りに支配された30歳

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女30歳、彼氏なし。たったこれだけのことが、何故これほど世の中の女たちを狂わせ、焦らせるのだろう。もちろん、私も含めて。

 

アメリカの大学を出た後、東京で外資系の銀行で働き、それなりにキャリアを積んできて、仕事も遊びも、全力に楽しく過ごした20代。ふ、と周りをみると、今まで一緒に朝まで遊んだ女友達が、まるで仕組まれたかのように、一斉に結婚をした。そして急に彼女たちは、私の人生の先輩という立場に立ち、私の人生にだめだしをし始めた。

 

結婚へ対するプレッシャー。子供を産むべき適齢期。彼氏がいないことへの不安。

 

自由に使えるお金と、都会の夜と、素敵な男の人たちと、好きな仕事と、今まで私が手にしていたはずの幸せは、年齢とともに、価値のない恥じるべきものなのだと、そのとき急に思ってしまったんだ。それからは、なんとなくすべてを持ってるのに、なんとなくすべてが物足りない、ともんもんとした気持ちを常に持ち続けた。

 

そんなとき、「海外への出張へ行く機会がたくさんある」というなんだか国際的で、出会いが広がりそうな、甘い言葉をかけてきた会社へ、なんの調べもせずに転職した。とにかく環境を変えたかった。

そしてそこは、知る人ぞ知る、ど日系のブラック企業だったのだ。

 

外資系銀行を辞め、ブラック企業に入社

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あたりまえの深夜までの残業、パワハラ、ピラミッド型人間関係。ドラマにみるような会社の組織の体制に、「ああ、本当にこういう会社が存在するんだ。」と他人事のように関心しながら、そして、「ああ、ここが私の選んだ職場なんだ。ここで私は働くんだ。」と絶望的な気持ちになった。

中でもとりわけ耐えられなかったことが、毎朝の朝礼でななめ45度の敬礼のポーズをしながら、社訓を読まされることだった。毎朝敬礼のポーズをとりながら、私は私の軽率な判断を悔やみ、心から泣いた。

 

ここは私には合わない、と知ったところで、私に何ができるだろう。私に足りないのは我慢だ、と自分に言い聞かせ、心にふたをし、我慢を身につけれるように努力した。

 

同僚たちの「昨日何時まで会社にいた?」「会社に泊ったよ。」「私は終電で帰ってシャワー浴びて始発に飛び乗って会社にきたよ。」という、今思うとどMな武勇伝も、毎日聞いていると、なぜかそれが、すばらしきことのように思えてくるから不思議だ。

 

我慢の努力は入社後1か月で見事体にあらわれ、髪の生え際に驚くほど白髪が増えた。たった1か月で急に老いる?明らかに、ストレスからくる白髪だった。

それから、会社を辞めることを考え始めたけど、頼れる相手もいない。再就職のあてもない。私の我慢がまだまだ足りないだけかもしれない、私は30歳にもなっても、我慢さえもできないような中途半端な人間だったのか。迷いながら、毎日毎日自問自答した。

 

周りからは、「仕事が見つかるまで辛抱しなよ。」「今辞めてどうするの。」「みんな同じ思いだよ。」と真っ当で、当たり前のことを何度も言われた。「私自身が、一番わかってるから。」と自分で相談しておいて、アドバイスを受け付けない、という面倒くさい女になってもいた。

 

「ここは私の居場所じゃない。ここから逃げよう。」入社してから、たったの2か月、死ぬほど長かった2か月。私は会社を辞めた。

 

訪れたシンガポールに魅了され、決断する

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30歳なのに、独身なのに、彼氏もいないのに、自分で仕事さえ手放してしまった私。

 

未来への不安を抱えながら、暇つぶしで友達の住むシンガポールを初めて訪れた。そして、この国に一瞬で魅了されたのだ。

街を当たり前のように行きかう多様な人種がいた。いろいろな国の言葉が折り重なり、異文化と宗教が尊重されていた。そびえたつビル群の真ん中で、私はこの国の熱気に、パワーに、エネルギーに、圧倒された。

 

「ここで生きよう」私は決断した。

 

がんばってアメリカの大学を出て、英語を学んで、国際的な考えや、主張を培ってきたんだ。もう一度この国際的な国シンガポールで、自分を試してみたい。仕事が見つかる保証なんて何一つないのに、その瞬間、今までの漠然とした不安な気持ちは見事に消え去り、「わくわくする気持ち」だけが残った。

 

日本に帰り、シンガポールでの仕事をがむしゃらに探した。

何度も電話で面接を受けたけど、日本にいるとどうしても最後に「本当に来る気あるんですか?」という雰囲気になってしまう。どんなに私が、「もちろんです!行くので内定ください。」といったところで企業が渋るのも納得だ。

 

仕事のあても、住む場所さえ決まっていないのに、なんとかなるはずだ、とシンガポールへの片道切符を買った。

物価の高いこの国で、決まった収入がないのはとてもつらく、友達の家、安ホテル、ウィークリーマンション、見知らぬ人の家での居候を繰り返しながら仕事を探し、そして、シンガポールに来てから2か月後、やってみたい仕事と出会い、就職がきまった。

 

あれから4年

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あの時ひとめぼれしたシンガポールに住み始めてから、4年という歳月が過ぎた。アジアのハブといわれるだけあって、アジア、ヨーロッパをつなぐこの国で働き、暮らすことは、刺激がたくさんあって、やっぱり楽しい。

 

そして先月私は、シンガポールで出会った人と結婚した。

 

合う場所がある、合う人がいる、合う仕事がある、合う友達がいる。自分の居場所は、きっとある。迷いながらも、自分の直観を信じ、決断を重ねてきたからこそたどり着く、私らしくいられる場所が、あったんだ。

 

これからも幾度となく迷うだろう。それでも、純粋に楽しい、わくわくする、という気持ちの彩りを大切にしながら、これからも決断を繰り返そう。