普通の社会人が、ある日会社を辞めて、経営する立場に立ったら

 

今まで、24歳の時に初めて働き始めて、37歳まで、13年という月日を、私は会社員として過ごした。働いたことのある会社は6社。そのほとんどが、金融関係に部類される、お堅い仕事だ。

最後の会社は、シンガポールで2年勤めた。日本が誇る3大銀行の1つで、ネームバリューに惹かれ、入社した。

半沢直樹のドラマに、自分がリアルタイムで迷い込んだ感。お堅い、細かい、プライドが高い、私にはただただ、合わなかった。嫌だ嫌だと言いながら、過ぎた2年。

その間に私は結婚したり、妊娠したけど流産したりと、人生あがったり下がったり、私の中での価値観もがらっと変わった。

人生は1回きりなんだ、と改めて思い始め、私は、ボーナスが出る6月を待ち、ボーナスを受け取ったちょうど1週間後、会社に退職届をだした。

人生次のステージ。。の前に

私が、次の仕事を決めずに、会社を辞めれたのは、私の意志の強さではない。結婚して、ビザの心配も、お金の心配もとりあえずはしなくてよくなったからだ。

一応かっこよく、フリーライターの仕事を、とか、翻訳の仕事を増やして~なんて言ったりしたけど、甘え。

私は今まで、自分のことを、自立心のある女だと思って生きてきたけど、生きていくのに必要なお金を、男の人に頼ることがこんなにも楽で、いとも簡単に女の自立心をそいでしまうんだなー、と、カフェでのんびりとコーヒーを飲みながら、他人事のように感じていた。

そんなある日。。

旦那の仕事

私の旦那は、シンガポールでフィットネスジムを経営している。

100キロ越えの体を揺らしながら、健康について語り、ジムに通うことの大切さについて語っている。

 

もともとは貿易会社に勤めるサラリーマンで、イタリアからオランダを経て、シンガポールに駐在した。

何一つ不自由ないサラリーマン生活を送っていたけれど、担当していたプロジェクトが終わると同時にオランダに戻ることを会社に言われる。

アジアという、未来しかみない国に残りたい、とオランダに戻ることを頑なに拒み、会社を辞め、全財産をつぎこみフランチャイズのジム経営をシンガポールではじめる。

 

給料は会社員時代より、3分の1に減り、仕事量は3倍に増え、ストレスは10倍に増えたと彼は言うが、それでも5年でフィットネスクラブを3店舗に増やし、社員は20人以上に増えた。

人生次のステージ。。

会社を辞め1か月半、早くも「自立心ってなんだっけ?」と思い始め、ユーチューバーってどれくらい稼げるんだろう、なんて考え始めたころ、旦那が私を近くのイタリアンレストランに連れ出しこういった。

 

一緒に会社を経営しよう。ビジネスパートナーとして、一緒にやっていこう、と。

 

彼は今まで、家族経営のようなビジネススタイルは、そこから前に進まない、といって毛嫌いしていたのだ。

夫婦の関係も、あなたはあなた、わたしはわたし、自立してこその愛だよね、というヨーロッパ人のような冷たい間柄を好んでいたのに。。

 

 あんたさては一人じゃ手が回らなくなってきたな、働き手がほしいなのかな、という感じはしたが、経営者なんてかっこいいじゃん、という安易な考えで、私は軽く返事した。

「オッケー」と。

いきなり社長。。

 いくら旦那に、ビジネスパートナーになろう、といわれたところで、私は「社長夫人」のような立ち位置になるんだとばかり思っていた。

毛皮を着て、貴金属をじゃらじゃらつけて、シャム猫を抱きながら紅茶を小指を立てて飲んでるような。旦那の権力を自分の権力と勘違いしながら偉そうにしているような。

 

私は初日に旦那から、「今日から現場を学べ」と言い放たれ、旦那が経営するフィットネスジムに1日中出向き、毎日毎日社員と一緒に働いた。

入会してくれそうなお客さんに笑顔を振りまき、お得なメンバーシップ情報をおすすめした。

今までは一流の金融会社で、ビジネス街で、名だたる会社と何千万円の取引をしていたのに。

 ジムの会員が出しっぱなしにしたダンベルをかたずけ、トイレ掃除をし、器具を磨き、汗が落ちた床を磨いた。

 スーツにヒールだった毎日から、ジャージにスニーカーを着て。

経営者はどろくさい。。

 会社員だった頃、来年度の予算や出張費がカットされても、部署内で誰かが雇われても、首になっても、ざわざわとはするけど、結局は他人事だった。

二日酔いで仕事にならない日も、デスクに座ってさえいればよかったし、有給があり、代休があり、出張費用があり、残業代があった。

上司の悪口を言いながら同僚とお酒を飲み、上司をほめながら上司とお酒を飲んだ。

 

今、1人でもフィットネスジムの会員を増やすために頭を使い、どうしたらお客さんが満足してくれるかを考える。

あんたのジムは汗臭い、と口コミをもらえば、足を使って業者を探し、1円でも安い方法を見つける。

二日酔いなんかでは効率よく仕事ができないから、酒は自ら控えるようになった。

有給も、代休も、残業代もなくなったけど、夜も週末も仕事をするようになった。

上司にゴマする必要はなくなったけど、従業員の不平不満に辟易するようになった。

 

旦那がいうとおり、給料は減り、仕事量とストレスが増えたけど。

1円の重みを、時間のありがたみを、これほどまでに感じたことは今までなかった。

 

結局は旦那の会社だし、責任はないし、いいよねーと人はいうし、それはそうだと自分でも思う。

それでも、会社を経営する立場で、社員を雇う側の人の、孤独と苦労をわかっただけでもうれしい。

 

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